新たな音楽記号を作って作曲家気分を味わおう
こんにちは。
吠える鯨と申します。
突然ですが「作曲家になってみたい」とは思いませんか?
僕はなりたいです。
しかし作曲家になるには音楽理論やさまざまな楽器の性質など、学ぶことがたくさんある上に本人のセンスまで問われます。
天性の才能を持ち、音楽を全く勉強せずとも曲を作れる人もいますが一般人にはハードルが高いものです。(こちとら手っ取り早くかっこいい作曲家になりたいのに……)
ところで、皆さんは「ティンパニに頭を突っ込む演奏指示」をご存知でしょうか?
これは、マウリシオ・カーゲルという作曲家の「ティンパニとオーケストラのための協奏曲」で実際に存在する演奏指示で、上に添付したイラストのような図が実際の楽譜に添付されています。(マウリシオさんは他にも「指揮者が床に倒れ込む」という指示の曲も書いており、知る人ぞ知る独特な演奏指示の作曲家さんです。)
他にも面白い音楽記号や指示はたくさん存在し、この間ツイッターで話題になっていた例だと、スターウォーズの楽譜に「With Great Force(偉大なるフォースとともに)」と指示があるらしいです。
このように、作曲家はユーモアあふれた補足を演奏指示でやってのけています。
ところで、僕は冒頭でも記述した通り作曲家になって(ちやほやされたりほめられたり曲を作る達成感を得たりして)みたいです。
そして、作曲家はユーモアのある音楽記号を作っています。
つまり
これって
もしかして
ということで、新たな「アーティスト」になるために音楽記号を作っていこうと思います。
音楽記号を作ろう
今回、お手軽作曲家コースに挑むはこの二人!
吠える鯨
この記事の執筆者。音大卒だが作曲家ではないしピアノがあまり弾けない。
好きなお寿司のネタはえんがわ。
つゆだっくアヒル
くじらの音大の同期。「曲を作りたい」と言い続けたものの何もせずに卒業した。
好きなラーメンの味は味噌。
お互いに3つずつ、新たな音楽記号や演奏指示などを考えて交互に発表していきます!
※記事中に楽譜がいくつか出てきますが、楽譜が読めなくても「左から右に読む」ということさえ知っていれば問題ありません。
一巡目 くじらのターン
「音楽ってさ、演奏するときに楽しい方がいいと思うんだよね。」
「そうだね。演奏する側が楽しくないと、聴く側も楽しくなれないね。」
「だから、演奏する人が見てて楽しくなるような音楽記号を作りました!」
「それがこちら」
「????」
「ピザ……?」
「ピザですね」
「正しくは、ピッツァカート(pizzacato)、略してピッツァ(pizza.)です」
「意味としては、『ピザを食べるうきうきさを持ってピッツィカートする』です。」
(ピッツィカート:ヴァイオリンなどの弦楽器で、弓を使わずに指で弾く演奏方法のこと pizzicato、略称はpizz.)
「なるほどねえ」
「ピザは全人類を幸せにする食べ物の一つ!!白丸と黒丸ばっかりが並んだ楽譜をひたすら見続けてる演奏中に突然ピザが出てきたら絶対楽しくなるでしょ」
「いいね、おもしろい。」
ちなみにイメージはこんな感じ
(譜例はファミマの入店音でお馴染み「メロディーチャイム ニ長調」の冒頭)
「これが実際に出てきたら、演奏会の本番が終わった後みんなで楽屋でピザ食べそう。」
「そうだね、それか打ち上げ会場はイタリアン確定になる。」
一巡目 あひるのターン
「僕たちもう社会人だけどさ、社会人としての大事な考え方の中のひとつにPDCAサイクルがあるじゃん。」
「そうだね、PがPlan(計画)、DがDo(実行)Cが……なんだっけ」
「あれ、なんだっけ、C」
「サイクリング?」
-ググりました-
「Plan Do Check Action、のことだね。」
「題材にしたのに覚えてなかったんかい。」
「まあそれはそうと、このPDCAって社会人にとって大事だけど、じゃあ音楽家にとってのPDCAってなんだろうって考えたんですよ。それが……」
ピアノ 弱く
ディミニュエンド 徐々に小さく
クレッシェンド 徐々に大きく
アッラルガンド 徐々に強く遅く
「楽譜にのせるとこう!」
(譜例は先ほどと同じくファミマの入店音でお馴染み「メロディーチャイム ニ長調」)
「なるほどね!
新しい音楽記号ではなく既存の記号を組み合わせたってことか」
「そう!それで、これをPDCAサイクルとして繰り返すんだけど」
「さっきと同じのを繰り返してるね」
「P、D、」
「C、A」
「!?!?!?!?」
「何??」
「confondereは、イタリア語で『混乱する』」
「はあ、」
「こっちも何これ?音符多すぎてうみぶどうみたいになってるけど」
「abbandonoはイタリア語で『捨てる』だね」
「つまりこれは、音を間違えてConfondere(混乱)しても、Abbandono(捨てる)をして柔軟にPDCAを守ろうね、というお話でした」
(果たしてabbandonoで自暴自棄になるのは本当に柔軟性と言えるのだろうか……??)
二巡目 くじらのターン
「一巡目のピザは『楽しい』に焦点を当てたけど、音楽には『悲しい』とか『苦しい』とかも多いわけですよ。それで、『苦しさ』を表す新しい音楽記号が欲しいな、と思ったんだよね。」
「音楽劇でも悲劇って多いよね」
「あとそれとは別で、音楽記号とか演奏指示って読みやすかったり覚えやすかったりした方がありがたいと思うのね。声に出して楽しいとなんとなく嬉しい。」
「たしかにね。実際に『poco a poco(ぽこあぽこ)』とか言いたくなるもんね。」
(poco a poco 〇〇:少しずつ〇〇する、という意味の音楽記号)
「ということで、苦しさを表す、かつ、声に出したくなる音楽記号を作りました。」
「それがこちら」
「もると、もるて?」
「そう、もるともるて。」
「イタリア語で瀕死(molto = とても morte = 死)」
(なんかフリップ芸みたくなってきたな……)※くじらはPowerPointでプレゼンしています。
「もるともるて、って声に出したくなるから、さっき出てきたぽこあぽこも合わせて使った楽譜の例を作ってきたよ。」
「おお……確かに声には出してみたいけど意味は……」
少しずつ
瀕死になって
「あと音楽記号とは少し関係ないんだけど、最後は死んでます。」
「ん??」
「最後は『死の和音』にしておきました。」
※「死の和音」に興味がある人は「ストラヴィンスキー 春の祭典 死の和音」で検索してみてね
「瀕死どころじゃなかった」
二巡目 あひるのターン
「音楽に大事なもの、それはやさしさ」
「どうした突然」
「やさしいって言っても種類があるでしょ?easyな『易しい』、kindな『優しい』。それで、easyな楽譜はこの世にたくさんあっても、kindな楽譜は少ないと思うんだよね。なんなら不親切な楽譜も多い。」
「たしかにそうかも!指示が一つも書いてなくて曲の速度すらわからないとか、誤植なのか記号がついていたりいなかったり……」
「だから、世の中にはkindな楽譜が求められているんです!
ということで、kindな音楽記号と楽譜を作ってきました」
TAKE CAREFULL
Don't mind!
NGU!
Last spart!
Congratulation!!
「たしかにすごく親切だわ。……NGUって何?」
「あー、NGUはNever Give Upだよ。」
「初見でわかりづらいのが絶妙に不親切だなあ。でも自分が実際に演奏する楽譜の最後に『Congratulation!』って書いてあったら嬉しくなるから導入したいかも。」
「難しい場所にDon't mind!って書いてあったらめげずに練習できそうでいいでしょ。」
「でもこれさ、kindなくせにやけに難しそうな楽譜じゃない??」
「もともとファミマの入店音を譜例にしようって言ってたのに、なんか音数がものすごく多いような……。
こことか音が多すぎて記号が渋滞どころか玉突き事故おこしてる」
「優しいのに易しくない、ってね。ガハハ」
「ガハハ」
三巡目 くじらのターン
「音楽にはテンポというものがあるけどさ、でも人間には感情の起伏があるから一定のテンポではいられないと思うんだよ。それで、あまりにも感情が乱された時なんかは『♩=60(BPM60)』とか『Andante(歩くような速さで)』みたいな感じで規定できないんじゃないかな。」
「おかしくなっちゃいそう!心臓が破裂しそう!な時とかだね」
「そうそう。そういう、一定のテンポでいられないときに適した指示ってあんまりない気がしたので、作ってきました」
「それがこちら」
「あ、ありとみあ?」
「ありとみーあ、だね」
「イタリア語で不整脈」
「ふざけているように見えるけど、『ランダムなリズムで』的な意味合いの音楽記号は必要だと思うんだよ。」
(それ『ランダムなリズムで』じゃだめなの??)
「あとこれじゃ分かりづらいかなと思ったから、図もつけてみたよ」
「面白すぎる でも分かりやすいかも」
「そして、aritmiaを他の記号と組み合わせて使ってみました。」
「こういう楽譜ありそう」
「これ、実はネットミームの再現で、『(aritmiaで)落ち着けライト』『(a tempoで)うわあ急に落ち着くな!!』と、デスノートのネットミームになってるんだよね」
「音楽記号でこのネットミームを再現した人ってこれが初めてなのでは?」
「あとね、おまけとして二巡目に作ったmolto morte(とても死)と合わせてみたんだけど見てほしい」
「いいよ」
そして
大往生
「あーあ死んじゃった。心電図も止まっちゃってんじゃん。」
「『死の和音』も悲しそうな顔をしてます。」
(´・o・`)
三巡目 あひるのターン
「僕が今回の企画で作ってきたもの、一つ目(PDCA)は元からあるものの組み合わせで、二つ目(kindな楽譜)は英語だし全部文字だし『真新しさ』がまだ足りないなと思わない?」
「まあたしかに、最近話題になったスターウォーズの『With Great Force』も英語だったし、『まださらに行けそう』な感じはするよね。」
「それこそ、ティンパニに頭突っ込むくらいのインパクトのある音楽記号を作るにはちょうどいい機会だと思ったから、マジの『新しいもの』を作ってきました。」
(譜例はE.エルガー「威風堂々」(超かっけえ曲)のサビ直前の徐々に盛り上がるところだそうです)
「上のこれは何」
「ジェットコースターです!!」
「この部分はまだ序盤で、徐々に登っていってるところ。だから威風堂々の盛り上がる直前の楽譜を拝借したんだけど、」
「この『……』は途中省略してるってことか」
「そういうこと。このレールの形で音楽の起伏を表現したら面白いんじゃないかと思って作ってみました。」
「なるほどねー。さっきのaritmia(不整脈)にちょっと似てるかも。あれの心電図は起伏どおりではなくイメージ図だったけど、それを楽譜にあてはめてるみたい。いいね。」
「それでまだ続きがあって、ジェットコースターがさらに進んでくところをご覧ください!」
DEAD
「最後は死にます。」
「レール途切れてるから死んじゃうのかこれ!やはり死……!!死は全てを解決する……!!」
「死にはしたけど、でもこのジェットコースターがあればこんなに起伏が激しい曲でも簡単に指示できちゃう優れものなんだよね。」
「たしかに視覚的にわかりやすくていいかもしれない。」
「僕が実際に楽譜を見て演奏するときに、クレッシェンド(大きく)とかデクレッシェンド(小さく)って書いてあっても『どのくらいやればいいんだろう』って迷っちゃうことがあるから、縦の次元を利用して演奏者にわかりやすい音楽記号を作ってみました。」
「演奏者目線で優しい楽譜じゃん。でも最後死ぬけど」
-音楽記号作成、完-
作ってみた結果
作曲家は自分の作品を楽譜で表現しますが、僕たちが実際に音楽記号を作ってみて一番に大事にしたのは二人とも「わかりやすさ」「面白さ」など、演奏者側に寄り添ったものでした。
演奏者にkindな優しさをもって楽譜を作ってくださる偉大な作曲家の方々に改めて大きな感謝の念を抱きました!いつもありがとう。
そして、素人が音楽記号を作ってみてわかった最大の点は
人は皆死ぬ
楽譜のプロに聞いてみた
ここまで、新しくて面白い音楽記号を作ってみましたが、冒頭で紹介したような実際に存在するユニークな音楽記号についてもっと知りたくなったので、楽譜の専門家に聞いてみることにしました!
村中さん
楽譜制作会社で毎日楽譜を作っている。クラッシックはもちろん、アニメやゲームなどのオーケストラコンサートの楽譜や、書店でよく見る「J-POPヒット曲ピアノアレンジ集(仮名)」のような楽譜を制作している。なで肩なのがチャームポイントらしい。
まずはじめに、僕たちが作ったシン音楽記号を見ていただきました。
ピザで大ウケしてた。
「これすごくいいですね!!ピザの具がバルトークピッツィカート(=ものすごく強くピッツィカートするという音楽記号)になってるのもいいです!!!
このピザ、好きすぎるので私の顔はこれで隠していただいてもいいですか?」
「もちろん大丈夫ですよ!それとバルトークピッツィカートに気づいていただけたの嬉しいです!友人は気づいてくれなかったので……」
「あの、もしこの記号たちが実際のお仕事で出てきたらどうなりますか?」
「文字系の記号なら『何これ??』とは思いますが普通に作れますね。ただ、ジェットコースターが出てきたら泣きます。」
本題 面白い音楽記号
「村中さんは楽譜は作っていても、曲を作っているわけではないんですよね?」
「そうです。私の仕事はあくまでも『作曲家や編曲家の先生が作った楽譜を、演奏者さんが読みやすいように楽譜を清書する』という部分になっています。わかりやすく例えると、漫画の原作と作画みたいな関係ですかね。
このような仕事柄なので、作曲家の先生の不思議な演奏指示はよく見ます。」
「先生の許可や出版社の許可も必要なので実物はお見せできないのですが、私が担当した楽譜でおもしろかったのは『夏っぽく』『タンバリンを机に投げつける』『(音符が一つも書いていない楽譜に)お任せします』というあたりですかね。」
「楽譜なのに音符が一つも書いていないことがあるんですか?」
「意外とたくさんありますよ!
クラッシックではあまり見ないですが、最近の曲だとギターやピアノでコードしか書いていなくて真っ白な楽譜はよく見ます。そもそもコードは読めるけど楽譜は読めないというプロの演奏者さんもいらっしゃるので。」
「そうなんですね!意外と知らない世界でした……」
「話は元に戻りますが、今日は面白い演奏指示や音楽記号についていくつかピックアップしてみました!弊社には作った楽譜以外にも参考として楽譜が保管してあって、図書館みたいになっているところから持ってきたので弊社制作の楽譜ではないのですが……」
「くじらさんが仰っていたスターウォーズの演奏指示も会社に原本がありましたよ!」
(ジョン・ウィリアムズ / Star Wars Suite for Orchestra / Hal Leonard社/P.20)
With Great Force
「すごい、本当に存在するんだ」
「ほかに珍しくて面白い演奏指示だと、エリック・サティという作曲家の楽譜に特に多いです。これとかいかがですかね。」
(エリック・サティ / 「エリック・サティ・ピアノ全集II」より「胎児の干物」/ ドレミ楽譜出版社/P.18)
Comme un rossignol qui aurait mal aux dents
「フランス語ですか?」
「そうです!
意味は『歯が痛いナイチンゲールのように』です。」
「ええ、そんな演奏指示されてもどうやって演奏すればいいか迷いそうです。」
「私も正直わからないです。サティの演奏指示については謎なところが多く、研究している人もたくさんいるので一度はきちんと学んでみたいですね。」
「次はクイズとして出そうかな。
これは昔の作曲家のものではなくて実際に私が仕事をする中で出会ったものなんですが……」
(作曲家の先生が手書きした記号を村中さんが忠実に再現した図)
「これはとある音楽記号が手書きで書かれたものなのですが、何を表しているかわかりますか?きっとくじらさんでも見たことがあると思いますよ!」
「???回路図で見たことあるような……」
「電池ではないですね。」
「正解は、mf(メゾフォルテ)でした!」
メゾフォルテ
(やや強く)
「えええ!?でも、言われてみれば確かに読めなくも、なくも、なくも、ないような……」
「びっくりしますよね!我々の仕事でこういうのは日常茶飯事で、作曲家の先生が『書きたかったんだろうな』ということを考えながら楽譜を作ってるんです。私も初めて見た時は笑っちゃいました。面白すぎて」
「あとは、『音楽記号』からは少しずれて完全に『演奏指示』なんですけど、マーラーの交響曲第二番の冒頭には指揮者への指示があります。」
(グスタフ・マーラー / マーラー 交響曲第二番(改訂版)/ 音楽の友社/P.3)
主題の第1小節め、低音弦の音型はおよそ♩=144の速さで激しく突進するようにすばやく奏する。しかし休符は♩=84〜92のテンポで。4小節めの小休符は短く──いわば新しい力へと身構えるための休止のように
「細かっ」
「細かすぎるうえに最後にポエムみたいなのもついてます。こんなにこだわりのある指示を書いてるのはマーラーくらいなんじゃないかなと思います。他の曲でも同じようなこまっっっっっっっかい指示がたくさん出てくるので機会があれば見てみてください!」
「他にはですね……」
たくさん教えてくれた。
記事には書ききれないほどのたくさんの音楽記号や演奏指示、面白い楽譜などをたくさん教えてくださいました!
楽譜って面白い!
むすびに
面白い音楽記号や作曲家について、今回思っていた以上にたくさんのことを学べました!
今度はちゃんと曲も作って本物の「作曲家」になってみたいと思ったし、先人たちの楽譜をきちんと学んでみたいと思います。
(感想が大学生の中身のない授業感想文みたいになっちゃったけど本当に面白かったし学びたいよ!!!)
協力してくださった友人のあひる、村中さん、ありがとうございました!!